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東京地方裁判所 平成11年(行ウ)129号 判決

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求

被告が、原告に対し、平成一一年三月一七日付け一〇財経二第一五八号をもってした原告の競争入札参加資格審査申込について等級をCとした決定を取り消す。

二  被告の答弁

1  本案前の答弁

本件訴えを却下する。

2  本案の答弁

原告の請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、物品買入れ等競争入札参加資格審査申込をしたところ、被告が、原告の競争入札参加資格を等級Cとする決定をしたことから、原告が、被告のした右決定は、被告に与えられた裁量権を逸脱したものであり、違法な行政処分に当たると主張して、右決定の取消しを求めている事案である。

一  法律の定め等

1  地方自治法(以下「法」という。)は、普通地方公共団体の行う売買、貸借、請負その他の契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約又はせり売りの方法によって締結するとしているが(法二三四条一項)、競争入札に加わろうとする者に必要な資格、競争入札における公告又は指名の方法、随意契約及びせり売りの手続その他契約の締結の方法に関し必要な事項は、政令で定めるとされている(同条六項)。

これを受けて、地方自治法施行令(以下「法施行令」という。)は、禁治産者、準禁治産者及び破産者で復権を得ない者並びに普通地方公共団体との契約について一定の不正不当の行為があった者等を一般競争入札及び指名競争入札から排除する規定を置くとともに(法施行令一六七条の四第一項、第二項、一六七条の一一第一項)、普通地方公共団体の長(地方公営企業の業務に関しては、当該企業の管理者を含む。以下、同じ。)は、必要があるときは、一般競争入札に参加する者に必要な資格として、あらかじめ、契約の種類及び金額に応じ、工事、製造又は販売等の実績、従業員の数、資本の額その他の経営の規模及び状況を要件とする資格を定めることができることとし(法施行令一六七条の五第一項)、また、指名競争入札に参加する者に必要な資格として、工事又は製造の請負、物件の買入れその他当該普通地方公共団体の長が定める契約について、あらかじめ、契約の種類及び金額に応じ、一般競争入札と同様の事項を要件とする資格を定めなければならないとしている(法施行令一六七条の一一第二項、一六七条の五第一項)。

2  地方公営企業を経営する地方公共団体には、地方公営企業の業務を執行させるため、各事業ごとに管理者が置かれ(地方公営企業法七条)、管理者は、予算の調製、地方公共団体の議会の議決を経べき事件につきその議案を提出すること等を除き、地方公営企業の業務を執行し、当該業務の執行に関し当該地方公共団体を代表し(同法八条)、地方公営企業の業務の執行に関し、当該企業の用に供する資産を取得し、管理し、及び処分すること、契約を結ぶこと等の事務を担任する(同法九条)。

また、管理者は、法令又は当該地方公共団体の条例若しくは規則又はその機関の定める規則に違反しない限りにおいて、業務に関し管理規程を制定することができる(同法一〇条)。

3  そして、被告は、右同法一〇条に基づき、東京都水道局における管理規程として「東京都水道局財務規程(昭和三五年東京都水道局管理規程第二二号)」を定め、同規程二一三条及び二三四条に基づいて、二年ごとに同局に係る物品買入れ等競争入札参加資格審査を実施している。(弁論の全趣旨)

4  東京都水道局が実施する平成一一年度及び平成一二年度の水道メータの競争入札に参加するためには、事前に右の物品買入れ等競争入札参加資格審査の「理化学機械器具」の営業種目に審査を申し込み、A、B、又はCの等級付けをされていることが必要とされている。

水道メータを含む理化学機械器具の場合、等級ごとの発注標準金額は、Aは三〇〇〇万円以上、Bが三〇〇万円以上三〇〇〇万円未満、Cが三〇〇万円未満とされているが、右区分はあくまで標準的なものであり、このとおりにならない場合も予定されている。

なお、被告が、登録業者に対してA、B及びCの等級付けを行うようになったのは、平成七年度及び平成八年度においての参加資格審査からである。

(乙一、弁論の全趣旨)

二  前提となる事実(当事者間に争いがない事実)

1  原告は、昭和二二年九月一三日に設立された計量器の製造・販売及び修理を業とする株式会社である。

2  原告は、平成一〇年一一月一六日、被告に対し、平成一一年度及び平成一二年度における物品買入れ等競争入札参加資格審査申込をしたところ、被告は、平成一一年三月一七日、申込営業種目名を「理化学機械器具」、等級を「C」とする決定(以下「本件決定」という。)をした。

なお、平成九年度及び平成一〇年度の参加資格審査においては、原告に対する等級付けは、Bであった。

三  当事者双方の主張

(原告の本案に関する主張―本件決定の違法事由)

1  被告は、平成六年においては、契約実績はその業者の最も確実な製造能力の指標であり、東京都への貢献度を表す指標であるとの認識にたって、過去の契約実績に基づいて指名業者の等級付けを行い、また、平成八年においては、契約実績だけでなく、業者の水道局への供給能力(潜在的な製造能力)や格付(営業面からの信頼性)も加味することとしたが、なお実績に八〇パーセントの比重を置いて等級付けを行った。

ところが、被告は、平成一〇年において、従前の基準を変更し、業者の年間売上高、自己資本額、従業員数、流動比率といった会計数値のみからなる新基準を策定し、この基準によって等級付けをすることとし、本件決定を行った。

しかし、右基準は、年間総売上に過半の比重を置いた大企業に圧倒的に有利なものであって、中小零細業者を地方公共団体との取引から排除する結果をもたらし、中小企業基本法をはじめとする中小企業保護法が定めるところの中小企業の育成振興政策に反する不合理かつ不公正なものである。

2  また、法人と個人とが画然と分離されない中小企業の場合は、流動比率の過小は短期の支払能力の欠如を意味するものではないから、経営者個人の流動資産を算入したり、法人の代表者からの借入を流動負債から除外して算定するなどの措置をとることによって、基準の運用に弾力を持たせることができるはずである。

しかし、被告は、右基準の運用について、そのような配慮をすることもなく、形式的にこれを運用し、原告の審査対象年度の財務状況が被告の行った長期間の指名停止処分という特殊かつ異常な要因による影響を強く受けているにもかかわらず、これを排除することなく、機械的に審査基準を当てはめて、本件決定を行ったものであるから、本件決定は、実質的にも不合理かつ不公正なものである。

ちなみに、被告が、実績に配慮し、流動比率の算定に当たって前記のような措置をとれば、原告の等級付けがBとなることは明らかである。

3  したがって、被告が右の基準に基づき行った本件決定には、裁量権の範囲を逸脱した違法がある。

(被告の本案前の主張)

1  行政事件訴訟法三条二項の定める「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下「行政処分」という。)とは、「公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」であるから、当該行為が取消訴訟の対象となる行政処分に該当するためには、公権力の行使に該当すること及び国民の権利義務に直接の影響を与えることの二点の要件を具備することが必要である。

(一)  本件決定は、法二三四条六項、法施行令一六七条の五第一項及び一六七条の一一第二項に基づいて被告が定めた競争入札参加資格に申込者である原告が該当するか否かを審査し、該当すると認めた上で、原告の履行能力等に応じて等級付けをしたものであって、東京都を一方当事者とする契約の適正な履行を確保する目的で行われたものであるから、契約の準備行為たる性質を有するものである。

そして、物品買入れ等の契約は、地方公共団体である東京都が行う場合であっても、私人と同等の立場において締結するものであるから、公権力を行使する場合に該当しないことは明らかであり、契約の準備行為たる性質を有する本件決定も、同様に、公権力を行使する場合には当たらない。

(二)  また、東京都と契約を締結する権利ないしはその機会を与えられる権利は一般に認められていないから、競争入札参加資格を審査し、等級付けを行ったことによって国民の権利義務に直接の変動が及ぶものではなく、本件決定は、この点からも、行政処分には当たらないというべきである。

(被告の本案前の主張に対する原告の反論)

1  取消訴訟の対象となる行政処分といえるか否かは、救済の必要性と取消訴訟の独自構造から機能的に判断されるべきものであり、行政庁の行為によって救済を要する現実的な侵害があること、その侵害行為が法によって授権され、統制されていることが要件であると解すべきである。

2  本件決定は、法二三四条六項、法施行令一六七条の一一等の法令に準拠してなされたものであり、これにより競争入札の参加資格がないとされた者のした入札は無効とされ、地方公共団体との間で適法に契約を締結することができなくなる法律上の効果を及ぼすのであるから、本件決定は、取消訴訟の対象となる行政処分に当たるというべきである。

3  被告は、物品買入れ等の契約は、私人と同等の立場において締結するものであることを理由に処分性を否定するが、公共契約において、契約締結行為が私法行為であるとしても、契約締結準備行為を、契約の締結自体から分離して、行政処分として位置付ける立法政策は十分に考えられるのであるから、契約締結行為が私法行為であることのみを理由として、行政処分に当たらないという根拠はない。

また、公共契約手続の各段階の行為の主要なものは、直接に法律が定めているものであり、また、法に基づく政府部門の一方的な判断行為であるから、取消訴訟の対象となる行政処分と解すべきである。

法律による規律を実効あらしめるためには、どのような法律構成がよいかとの目的的見地から判断すべきであり、本件決定を行政処分としなければ、せいぜい契約締結上の過失による損害賠償をなし得る程度にすぎないことになり、実効的な救済の機会が与えられないという不都合な結果になる。

したがって、被告の主張は失当である。

四  争点

以上によれば、本件の本案前の主張の当否に関する争点は、本件決定が行政処分に当たるか否かである。

第三当裁判所の判断

一  前記のとおり、原告の取扱い商品である水道メータなど理化学機械器具の場合、等級をCとされた者に対する発注標準金額は三〇〇万円未満とされているところ、実際には、水道メータについては発注金額が三〇〇万円未満となる例は稀有なことから、等級をCとされた業者は、当該年度における競争入札に参加する機会が事実上ないことは被告も自認するところである。

二  ところで、抗告訴訟は行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟であり(行政事件訴訟法三条一項)、同条二項所定の取消訴訟の対象となる行政処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解するのが確立した判例であるから(最高裁昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決・民集一八巻八号一八〇九頁)、被告の行う競争入札参加資格の等級の決定が取消訴訟の対象となる行政処分であるというためには、それが、法の認める優越的な意思の発動として行われるものであり、その結果、個人の権利又は法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するものであることが必要である。

三  しかし、被告が、東京都水道局財務規程二一三条及び二三四条に基づいて同局の物品買入れ等競争入札参加資格審査を実施する目的は、前記のとおり、普通地方公共団体が物品の買入れ等の契約の締結を行う際には、一般競争入札の方法や指名競争入札の方法によることができることから、水道メータの製造業者等との間で締結する物品買入れ等の契約を行う場合に、資力、信用等がない者が落札者となって、普通地方公共団体との間で契約を締結し、その結果普通地方公共団体に損失が生ずる事態を未然に防止するため、一定の程度を超える資力、信用等を有すると認められる者をあらかじめ選定し、普通地方公共団体として契約を締結する意思を有しない右以外の者がした入札の効力を否定することによって、その者との間で契約が締結されることのないようにすることにあると認められ、また、各等級ごとに区別された発注標準金額はあくまで標準的なものであって、これによらない場合もあり得るとされているところである。

これらの点からすれば、被告の行う競争入札参加資格の等級の決定は、あくまでも、契約の相手方選定に係る普通地方公共団体内部における契約の準備的行為にすぎないというべきである。

そして、東京都が水道メータの製造業者等との間で締結する物品買入れ契約等は、一般の私人間の売買契約と同様に対等当事者間の法律関係である私法上の行為であり、相手方の意思にかかわらず、一方的に決定し、相手方にその受忍を強制するとの性質を有するものではなく、また、そもそも原告について東京都と契約を締結する権利ないしはその機会を与えられる権利を当然に有しているものでもないことからすれば、右契約等の準備的行為にすぎない被告の行う競争入札参加資格の等級の決定は、法の認める優越的な意思の発動として行われるものとは解されないし、また、それによって直接に個人の権利又は法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果が生じるものとも解されない。

四  したがって、本件決定は取消訴訟の対象となる行政処分とは解されないから、本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)

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